鉄道事故
2003年08月29日
保線の現場では、事故の連続である。
本当に、大変なんです。
[事故の記事一覧]
・レールを2mも短く切断 <レール交換工事で、列車遅延>
・保守用車脱線
・レール張り出し
・アルミカートと貨物列車が競争、衝突!
・「事故の原因はブラックボックスです?」 電気関係事故はよく分からず。
・お風呂くらいゆっくりさせて~「お父さん電話よ!」
・国道の土砂崩壊で線路を埋め尽くす! 転勤発令が事故で延期!
・事故発生後のエピソード
[安全への取り組みの記事一覧]
労働安全衛生マネジメントシステム
2003年08月27日
古いレールを撤去し、現場に持ち込んだ新レールをそこに挿入するのであるが、通常「当て切り」といって現場付近で必要な長さに切断する。そこで巻き尺で寸法を測り「23.587m!」と確認し寸法を測定したまでは良かったが、途中に電柱があり、新レールはその電柱の外側に置かれていた。電柱があるため握っていた巻き尺を一時手放すことになった。
このため、新レールに印をつけたのが、「23.587m!」ではなく何と「21.587m!」つまり、mm単位のところはしっかり確認したが、肝心のm単位での確認がおろそかになってしまったのである。
レールを切断し、現場に持ち込んで漸くレールが2mも短いことに気が付き、さあ大変。当面この空間に2mの端尺(短い)レールを挿入し、後で正規の長さに再度交換することも考えられたが、再度新しいレールを急遽用意して正規の長さに切断挿入したため、当然のことながら閉鎖工事は遅れてしまった。
・技術屋に良くありがちな話、枝葉末節にこだわり、肝心の大きなところを見誤って大失敗。よくよく注意しなければならない。
2003年08月25日
もちろん駅長とは保守用車の走る進路、時間は打ち合わせながら走るのであるが、進路が構成されているものと思い込んで誤って進入してしまうこともある。また、モータカーでトロを牽引しての作業が多いが、荷物の荷崩れなどによりトロは脱線しやすい。
・何回も失敗を繰り返してはいるものの、なかなか無くならないものである。
ある時は、現場からの保守用車脱線の事故状況の報告がありそれを整理しているとどうも現場の位置が違う。
「位置が違うのではないか?」
と問いなおしてみると、何と同じ線区で2箇所も脱線事故が発生しているという、笑うに笑えない状況の時もあった。
2003年08月23日
定尺区間ではレールとレールの繋ぎ目には必ず隙間を作ることになっておりこれを「レール遊間」(なんと粋な名前である)。
これは夏冬のレールの伸び縮を調整する重要な役割を持っており、必ず秋冬には「遊間整正」という作業を行って正しい遊間に直しておくことになっている。
しかしこの作業が十分行えていないと、「レール張出し事故」即ちレールが夏の暑さでグニャリと曲が、最悪の場合は列車が脱線するという大事故を起こしかねない。
・ところが蒸し暑い夏の午後、張出し事故が発生した。電車の運転士が線路の歪んでいるのを発見、現場手前で急停車してくれたお陰で、幸い列車にもお客さまにも事なきを得たが、早速連絡を受けた工務区社員が現場に駆けつけ、近くの紡績工場から消火用のホースが借用して散水、レールを冷やして歪みを直して、列車はかなり遅れて現場を通過。
この区間は、列車が常にブレーキを扱う下り区間であり、夏は風通しも悪くレール温度が上がるという、いわゆる「要注意箇所」として注意すべきところであった。
L保線区時代の昭和の終わりのころは、全国各地でこの「レール張出し事故」が発生し、特急列車が脱線する事故が多発したものであるが、最近は管理が行き届いてほとんど無くなったのに今日の事故。
原因は「急激な温度上昇による!」の一言では済まされない事故の発生であった。
2003年08月21日
・丹那トンネルは延長8kmもあるため、作業にもこの「アルミカート」をよく使用する。
・ある日の作業は、保線関係、電気関係の共同作業で、この「アルミカート」を2台それぞれが使用した。作業が終わり、列車が来る前にトンネル内から離れるために走行していたのであるが、後方の1台のカートは時間になってきたので、一時線路から外して列車待避、ところが先を走るもう1台のカートは、走行を継続。貨物列車が後を追いかけてくる。本人たちは、まだずいぶんと距離があったため「貨物列車の前照灯を、後続のアルミカートの灯りと見間違えた!」とのことらしいが、だんだん灯りが接近、こりゃあイカンとカートをそのままにして線路脇にかろうじて逃げることができた。しかし、この「アルミカート」は貨物列車に衝撃跳ね飛ばされてしまった。幸い機関車、線路にも異常がなく、まもなく列車は発車したが、死亡事故になる可能性の高いとんでもない大事故になっていたかもしれない。
・2台の「アルミカート」を使用することはあまり例がなく、この手順がキチンと決められていなかったことがそもそもの原因と考えられるが、この貴重な事故を糧としての再発防止対策を策定した。
2003年08月19日
・保線事故は目に見えて分かりやすい。ところが電気関係事故はなかなか目に見えず、原因その他の説明を受けてもよく理解できないことが多い。
そこでしつこくあれこれ質問するのだが、
「ここから先はブラックボックスになっており、専門業者やメーカーに尋ねないとよく分かりません!」
と言われてしまうと次の言葉が出てこない。
「どうして?」
と声を張り上げることもしばしば、まさか言い逃れのためにそう言っているとは思えないが、知識のないということは、寂しいものである。
それ以降、現場へ出る機会が保線現場より電気職場に出ることが多くなった。
2003年08月17日
2003年08月15日
・2年間の工務部勤務を終え、今度は研修センターの仕事を拝命した。辞令の交付があり、工務部で送別会を催してもらい、さて最終のひかりで新天地に帰ろうとし、施設指令のその連絡をする。
すると、
「大変です!M線に土砂崩壊が発生し、線路脇の電柱まで埋められました?」
とのこと。
帰るところの騒ぎではなく、酔いもすっかり冷めてしまい、早速会社の戻り作業服の着替え、関係者を連れて現場へ。
線路より高いところを平行して走る国道の法面が土砂崩れを起こして線路が覆い尽し、レールも何も全く見えない状態である。
・ざっと現場を見て、関係者に連絡するも、これだけの災害をどう復旧すればよいか?しかし現場はまだ土砂が緩やかに動いている状態の現場調査は、二次災害を発生さしかねず、当面少し離れた場所から監視するより仕方がない。関係者が順次集まってきて、復旧方法などの対策を検討。
・テレビ、新聞記者も現場に駆けつけてくる。この扱いがなかなか難しい。あちこちで勝手な話が出てはいけないため、「広報担」が新聞記者等の窓口とし、会社としての見解を一本化できるようにした。これは良かった。また災害復旧用にマイクロバス「オレンジ号」が駆けつけてくれ、このバスの中で対策会議等ができたことは大変効率的であった。
・土砂の動きが安定した翌日から、専門家の現場調査の結果も踏まえ復旧方法を決定、大型重機を何台も投入して、復旧工事は大車輪で始まり、結局4日目に復旧することができた。
・しかし事務処理も多く、後任者との引き継ぎも十分行えないまま、発令時期を2日ほど遅らせて、研修センターに赴任した。最後の最後まで「事故との戦い」であった。
2003年08月14日
2003年08月01日
・ISO9000(品質マネジメント) ISO14000(環境マネジメント)はよく知られているが、この労働安全衛生マネジメントシステム(OHSAS18001)を各企業取り組むように!と労働省あたりから盛んに要請があった。このシステムを導入することにより、
(1)組織全体の労働災害防止の仕組みを構築する。
(2)事故の減少・防止を図る。
(3)健康増進等を進めてゆくというもので企業イメージのアップ、労働災害によるロスを削減し健全な企業経営を支えるというものである。
・この講習会にも参加、「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」や他のマネジメントシステムを参考に、原案作成に取り掛かったが、現場などからの抵抗が強い。
・それは、各システムが、パソコンを使って記録を必ず残さざるを得ず、今でも現場監督だけでも非常に忙しく、現場から帰って夜のこの処理をしなければならない。それに加えて「今度はさらに労働安全システムもですか?」との声が高い。
・確かに、今はパソコンを使って記録等をきれいに整理できる管理者の方が、現場監督をしっかりやってもパソコン処理ができない管理者より優れている!という偏った考えはないにしても、そのような雰囲気があることも事実。これでは本末転倒、現場実地をきっちり把握したうえでのパソコン整理であろう。しかし、年配の所長さんたちは、パソコンがそれほど得意でないことは事実、大変である。
・こんな声の中で、いかにシステムを軽くするかが最大の命題、出来上がったものは、かなり軽くしたつもりでも、新しいシステムが付加されることは間違いなく、現場の負担がある程度増えることは勘弁してもらわなくてはならない。しかし本店から押し付けられた!というのではこのシステムがうまく運用されるはずがなく。本来の趣旨・目的を理解して、事故防止のため、ひいては会社経営の一翼を担うことを理解したうえで活用してほしいものであり、我々もまたパソコン、パワーポイントを駆使して各支店や現場への浸透を図った。
・やはり安全部の仕事は、本社で机に張り付いているのではなく、現場をくまなく回り現場実態を把握すること、そして現場の皆さんの生の声を聞くこと、すなわち「三現主義」(現場・現物・現実)が最も重要であることを実感する。
2003年07月30日
今年もまた新入社員を迎える季節がやってきた。毎年この時期は、研修センターに活気がみなぎり、一年のうちで最も『輝く』ときである。新入社員のはつらつとした大きな声が、教室や、グランドから満ち溢れている。「ビジネスマナー」の授業では、『ハイ、オアシス』と呼ばれる訓練が行われる。4~5名が1チームとなり、「はい」「おはようございます」「ありがとうございました」「失礼しました」「すみませんでした」を練習の後、皆の前で発表する。講師は大変厳しく、声の出し方、お辞儀のし方、顔の表情などを採点し、合格するまで何回でもやり直しをさせられる。どの研修生も真剣そのもので、講師からようやく「合格!」と言われると、「やった!」と歓喜の声が上がる。研修期間中の廊下や寮での大きな挨拶は、実に気持ちが良い。約1ヶ月半の研修を受け、駅等各職場に配属されて行くが、各駅では、新入社員の元気な声とすがすがしさに、お客さまからも声援が送られる。『サービスの基本』である。
技能講習中の見習運転士。指先をしっかり伸ばし、客室に聞こえるくらい大きな声で信号確認などの「指差喚呼」を行っている。お客さまもこの運転士の動作を見て、頼もしそうに見守っている。『安全を守る原点』である。
しかしながら、この元気の良い大きな声での、挨拶も指差喚呼も、徐々にトーンダウン、振り返り研修に帰ってきて時は、「あのときの元気さはどこへ行ってしまったの?」と思うくらい、声の出ない社員が少なくない。
「職場に行ったら、一部の先輩が大きな声を出していないから」という社員もいた。しかしそれだけだろうか。「人(講師)から言われたから」「人が見ているから」やっていたという気持ちは無かったか。
ある駅で、新入社員を対象とした“my opinion”の発表会が行われた。「研修センターで教えられたとおり『大きな声で挨拶』しても、職場ではなかなか返事が返してもらえませんでした。それでも、何回も何回も挨拶しているうちに、次第に返事をしてもらえるようになりました。」と。先輩や同僚の心を開かせ、職場の雰囲気まで変えた、新入社員のけなげなまでの奮闘振りである。
研修センターにおける集合研修や職場内教育(OJT)で身に付けた知識・技能を、『分かる(理解する)』、『できる(力はある)』だけで終わらせることなく、いかに現場で『やる(実行する)』に結びつけるか。それが、たとえ「人に言われなくても」「誰も見ていなくても」自ら実行する、自律心を持った社員でなければならない。
当社は、この10年間に約半分の社員が、現場第一線から離れていくという、急激かつ大幅な「世代交代期」にあり、業務知識や技術の継承をいかにスムーズに行うかが重要な課題です。


